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デミ・ムーアの怪演がトラウマになる寓話的ホラー 『サブスタンス』が描くルッキズム、エイジズムの実情

2025/05/15 更新
デミ・ムーアの復活が大きな話題となった社会派ホラー『サブスタンス』
いつまでも若々しくありたい、美しくありたい。誰もが願う、根源的な願望だろう。デミ・ムーア主演映画『サブスタンス』は、人間のそんな願望をテーマにしたサスペンスホラーとなっている。再生医療によって若返った主人公は、どんな体験をすることになるのだろうか。今年のアカデミー賞では、デミ・ムーアが主演女優賞にノミネートされて大きな話題となり、メイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞している。デミ・ムーアの変身ぶりに絶句してしまう『サブスタンス』が描く「ルッキズム」「エイジズム」問題とハリウッドの映画事情を掘り下げてみよう。
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50歳を迎え、テレビ番組から下されてしまう元人気女優


エリザベス(デミ・ムーア)は容姿の衰えが気になって仕方がない
かつて一世を風靡した元人気女優のエリザベス・スパークル(デミ・ムーア)が物語の主人公だ。オスカーを受賞した実績もあるが、近年は映画界から声が掛からず、テレビのエアロビ番組のホスト役として長年出演していた。健康的で若々しいイメージを売りにしてきたエリザベスだが、50歳の誕生日を迎え、番組プロデューサーのハーヴェイ(デニス・クエイド)から肩を叩かれてしまう。若いキャストを新たに選び、番組をリニューアルするという。

 ショックを受けたエリザベスは、その帰り道に事故に遭ってしまう。大怪我には至らなかったが、病院から自宅に戻るとコートのポケットに「人生を変えた」とメモ書きされた謎のUSBが入っていることに気づく。

 USBには再生医療「サブスタンス」の広告映像が入っていた。1回の注射で新たな細胞分裂が始まり、より若く美しく完璧なもう1人のあなたを作り出すー。それが「サブスタンス」の謳い文句だった。非合法の医療であることは間違いない。一度はゴミ箱にUSBを捨てたエリザベスだったが、鏡に映った自分の姿を見ているうちに気が変わってしまう。USBに記されていた電話番号に連絡し、ついに「サブスタンス」を手にする。

20代に若返り、再び脚光を浴びることに


非合法の薬物「サブスタンス」をこっそり入手するエリザベス
バスルームで注射をうったエリザベスの身体に異変が起きる。エリザベスの背中が破れ、まるでサナギから羽化した蝶のように、若くて美しくキラキラと輝くもう1人のエリザベス(マーガレット・クアリー)が誕生する。

もう1人のエリザベスは「スー」と名乗り、エリザベスを辞めさせた後の新番組のオーディション会場へ向かう。さっそうと現れたスーに、ハーヴェイやテレビ局の幹部たちは大喜び。新番組はスーを中心にスタートすることが決まった。初々しいスーに視聴者の関心も集まり、たちまちスーは人気者になっていく。

若返ったエリザベスは、スー(マーガレット・クアリー)として人気者に
みんなにチヤホヤされ、スーは最高の気分だった。異性にモテモテで、年末特番の司会者にも抜擢される。大スターになることは間違いなしだ。

ところが、「サブスタンス」には重大なルールがあった。母体である「エリザベス」と分身である「スー」は1週間ごとに身体を入れ替えなくてはならなかった。このルールを破ると、大きな代償を支払わなくてはいけなくなる。だが、年末特番の打ち合わせに人気雑誌の表紙撮影も入り、異性とのお遊びも忙しく、時間に追われるスーは、このルールを破ってしまう。分身のはずだったスーが、母体であるエリザベスをどんどん侵食していくことになる。

これ以上、スーでいると危険なことを悟ったエリザベスは、「サブスタンス」をやめようとする。だが、スーとして脚光を浴びる快感を手放すこともできない。同じひとりの人間であるエリザベスとスーとの間で、激しい葛藤が生じる。そして、年末特番の放送日が刻々と近づく……。

女性監督が撮り上げたグロテスクさを極めた欲望


プロデューサーたちからスーは気に入られ、年末特番の司会にも抜擢されるが……
若さと美しさに過剰なまでに価値を求める現代社会の歪みを、真っ向から描いたサスペンスホラーであり、ブラックコメディにもなっている『サブスタンス』。外見のコンプレックスから、美容整形に走る主人公を描いた悲喜劇に、沢尻エリカ主演の『ヘルタースケルター』(2012年)、韓国のホラーアニメ『整形水』(2020年)などがあったが、本作はエイジズム(年齢差別)の問題を大きく取り上げた点で注目される。

本作を撮ったのは、フランス出身の女性監督コラリー・ファルジャ。初の長編映画『REVENGE リベンジ』(2017年)はレイプ被害に遭った女性が猟銃を手に、加害者である男たちに次々と逆襲するバイオレンスものだった。前作もドロドロの流血映画だったが、長編第2作となる今回はさらに生々しく、人間が持つ願望と欲望をグロテスクなまでに抉り出している。

エリザベスの分身であるスーを演じたマーガレット・クアリーは、作家になることを夢見る出版エージェントを瑞々しく演じた『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』(2020年)などに出演してきた売り出し中の若手女優。マーガレット・クアリーが若々しい魅力を発散させることで、デミ・ムーア演じるエリザベスが若さに執着していることが鮮明に浮かび上がる。確かに、こんなに健康的でピチピチした身体とルックスを手に入れたら、元に戻りたくなくなってしまうのは仕方ないに違いない。

しかし、ルールを破ったらどうなるか? 子どものころに読み親しんだ寓話世界の主人公たちのようにタブーを犯した者には、残酷な結末が訪れることになる。年末特番を生放送するテレビ局の公開スタジオは、阿鼻叫喚地獄へと陥っていく。

ハリウッドの内情を打ち明けたドキュメンタリーの存在


プロデューサーのハーヴェイ(デニス・クエイド)。Me Too運動でハリウッドから追放されたハーヴェイ・ワインスタインがモデルだろう
人間の中身よりも、外見や年齢が重視される「ルッキズム」「エイジズム」だが、男性よりも女性に顕著な問題となっている。これはテレビ業界だけでなく、映画界でもかねてから問題視されてきたものだ。男優は個性に応じていろんな役があり、また人気男優たちは40歳を過ぎても映画の主演を張り続けている。それに対し、女優はヒロインかヒロインの友人役しか出演枠がなく、しかも30代後半になると出演オファーが減り、40代になると一部の人気女優を除いてお払い箱にされてしまう。

そんなハリウッドの内情を明るみにしたのが、ドキュメンタリー映画『デブラ・ウィンガーを探して』(2002年)だった。女優のロザンナ・アーウィックが監督兼インタビュアーとなり、34人のハリウッド女優たちに本音を尋ねて回っている。映画会社の幹部たちは「あの女優は誰とでも寝る女か?」などと会議の場で平然と話題にされていることなど、Me Too運動が起きる以前のハリウッドのキャスティング事情が女性視点から赤裸々に語られていた。

タイトルに謳われた女優デブラ・ウィンガーは、『愛と青春の旅立ち』(1982年)で人気を博したが、スケジュールに追われる日々に抵抗を感じて女優としてのキャリアを中断することになった。芸能活動よりも大切なものがあると考えての決断だったとデブラは語っている。そして、今のハリウッドには大人の女優を必要とする作品、自分が出たいと思うような作品がほとんどないことも指摘していた。

セックスとは比べものにならない快感


テレビ業界も映画界も、女性に求められるのは若さとセクシーさだけなのか?
『サブスタンス』のエリザベスのモデルとなった、オスカー女優のジェーン・フォンダもロザンナのインタビューに応えている。1980年代にエアロビのビデオに出演し、人気が再燃したジェーン・フォンダだが、結婚して家庭を優先するために一時的に女優業を引退していた。だが、『デブラ・ウィンガーを探して』の公開後に女優業を再開し、87歳になる今も元気に映画出演を続けている。

ジェーン・フォンダは語る。映画に出演していると、作品と演技がうまくハマった瞬間に「どんなセックスよりも素晴らしい体験」を極まれに味わうと。一度味わった快感は、生涯忘れることができないらしい。

もうひとり、演技派女優として知られるフランシス・マクドーマンドのコメントも印象に残る。多くの女優は若さを保つために美容整形に走るが、彼女は決して整形手術はしないと断言する。整形によって一時的な若さを手に入れても、その後は年齢相応の役のオファーがなくなってしまうと。

当時44歳だったマクドーマンドは「10年後、50代の役は私がひとり占めよ」と笑って語っていたが、その通りになった。『ファーゴ』(1996年)ですでにアカデミー賞主演女優賞を受賞していたが、『スリー・ビルボード』(2017年)、さらに『ノマドランド』(2020年)でも同賞に輝いた。確固たる自分の道を歩んでいる女優として、多くの映画人からリスペクトされている。

体を常に張ってきたデミ・ムーアの生き方


デミ・ムーア本人の自虐的パロディにも、『サブスタンス』はなっている
デミ・ムーアのキャリアを振り返ると、男性社会であるハリウッドで常に闘いを挑んできた女優であることが分かる。恋愛映画『ゴースト/ニューヨークの幻』(1990年)を大ヒットさせ、法廷サスペンス『ア・フュー・グッドメン』(1992年)では人気絶頂期のトム・クルーズや大物俳優のジャック・ニコルソンと肩を並べ、ハリウッドで最も稼ぐ女優と呼ばれるようになった。リドリー・スコット監督の『G.i.ジェーン』(1997年)では、海兵隊の特訓に耐える女性隊員をスキンヘッドになって熱演してみせた。

『素顔のままで』(1996年)ではストリッパーを演じるために豊胸手術を受け、悪役を演じた『チャーリーズ・エンジェル フルスロットル』(2002年)では全身の整形手術に数千万円を投じたことも話題となった。ハリウッドの最前線に立ち続けるために、体を張る人生を送ってきたのがデミ・ムーアだった。妊娠ヌードや離婚などのゴシップも自分の糧にして生きてきた。

ハリウッドの裏表を知り尽くしている女優だと言っていい。そんなデミ・ムーアが演じるエリザベスだけに、異様な説得力が観る側に伝わってくる。

エリザベスが選ぶことができたもうひとつの人生


学生時代の知人と呑みにいく約束だったエリザベスの目に、スーのポスターが映ってしまう
願望と欲望が渦巻く『サブスタンス』に、一服の清涼剤のようなシーンがある。テレビ局での仕事を失った直後のエリザベスは、学生時代の同級生だった男性・フレッド(エドワード・ハミルトン=クラーク)と街でばったり遭遇する。エリザベスはフレッドのことを覚えていなかったが、彼は芸能界入りする前のエリザベスのことをよく知っていた。そして、エリザベスのことを「あのころのまま。今でも世界でいちばんきれいな女の子」と目を細めて賞賛する。

おそらく、フレッドにとってエリザベスは学生時代からの憧れの存在で、今でも彼には特別な女性なのだろう。

フレッドから「今度、一緒に呑もうよ」と誘われていたことを思い出したエリザベス。一度はその約束を実行に移そうとするが、出かける寸前になってためらってしまう。若いころの自分である、スーのすらっとした全身が映ったポスターが目に入ってしまったからだ。50代のエリザベスは、20代のスーに苦しめられてしまう。エリザベスの心の中は、傷つきやすい10代の少女のままだった。

もし、あの場面でエリザベスがもう少し勇気を出していれば、違った別の人生を手に入れることができたのかもしれない。

年齢や社会状況に応じて、ライフスタイルを柔軟に変えていくのか、それとも数字やスポンサーの意向によって左右されるテレビ局や映画界といった競争社会で最後の最後まで闘いを貫くのか。あなたなら、どちらの人生を選ぶだろうか?

『サブスタンス』作品データ


『サブスタンス』
監督・脚本/コラリー・ファルジャ
出演/デミ・ムーア、マーガレット・クアリー、デニス・クエイド
配給/ギャガ R15+ 5月16日(金)より全国ロードショー 5月15日(木)に前夜祭上映もあり
(C)2024 UNIVERSAL STUDIOS
https://gaga.ne.jp/substance/
長野辰次【MWJ映画部】
映画ライター。劇場パンフレットや「キネマ旬報」「映画秘宝」などに寄稿する他、美術系情報サイト「アートアジェンダ」などのネットメディアでも執筆。結婚を考えている人向けの話題作、注目作を紹介します。
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